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2005年5月21日 (土)

東山道武蔵路 (国分寺市泉町)

武蔵国って昔は東山道に属してたのって知ってた?

時は奈良時代,日本が五畿七道に分けられていた頃,
武蔵国は近江(滋賀),美濃(南岐阜),飛騨(北岐阜),信濃(長野),
上野(群馬),下野(栃木)と同じく東山道に分類されていた.
でも普通に考えてみると,今の東京+埼玉+北東神奈川
の地域を含む武蔵国が東海道に属さなかったのはちょっと不思議.
まぁ,東海道は相模国から安房国を通って常陸国に抜けることから,
ちょっとルートが違ったんだろうね.

で,東山道は地図で確認すればわかるんだけど,
信濃国から上野国に抜けてしまうので,武蔵国は通らないんだよね.
ということで,上野国から武蔵国の国府が置かれた現在の府中,
国分寺が置かれた現在の国分寺に至り,
また下野に戻る往還路がこの東山道武蔵路と言われている.

現在,この遺構が残っている部分は,
東村山駅付近とか,野口橋付近などいくつかあるんだけど,
中でも最も大規模に発掘されたのが国鉄中央学園跡地
05052301.jpg 05052302.jpg
(左)北方向 (右)側溝跡

この遺構跡は今はマンション前の道路になっている.
しかし,写真のように綺麗に整備され,遺構は保存されているという.
写真の解説をすると,写真左のエンジ色に舗装された道路の横に見える黄色い不連続な線が,
東山道武蔵路の側溝跡である.
写真右の黄色い部分が,その側溝跡である.
これを見ると,いかに道路が広大だったかわかるでしょ?

05052303.jpg
東山道武蔵路を示す説明板

当時,このあたりは一面原始林が覆うような場所であったらしい.
そのような場所で,古代の道のイメージって言うと,
獣道のような感じのすごく小さくて,クネクネ曲がりくねってそうだけど,
実はこの写真のように12メートルも幅があり,それに綺麗な直線だということで,
とても興味深い.

ちなみに武蔵国は後に東山道から東海道に配属替えが行われ,
南から国府に至るルートが確立されると共に衰退し,
次第に管理もされなくなっていく.
その後,鎌倉上道に関連していくことになっていくんだけど,
それはまたネタを仕入れてから...

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