最近のトラックバック

無料ブログはココログ

古廃道 / 廃線 / 廃墟

2007年6月 4日 (月)

西武是政線引込線 (東京都小金井市) @ 4/29

超近所&小ネタ物件であります。
あんまり面白くもないし…

[map:35.693552,139.525037]

場所は、西武多摩川線、新小金井駅の南の連雀通り交点付近。
この南寄りから分岐して東に巻いていく線形があった。
確認できるのは、国土地理院の1947年航空写真とか、
その当時の地形図など。
駅の表示は無いので、貨物扱いだったと思われる。
# 航空写真、上部中央で右上から左下に向かうのが西武是政線。
# 左右に走る道路が、連雀通り。
# その交点のちょっと南から東へカーブしていくのがソレ。

でもこの物件、実際何に使われていたかはハッキリしないみたい。
引き込み線の先は、今では基督教大学の敷地なんだけど、
戦時中までは中島飛行機の三鷹研究所があったところ。
現在のグリーンパークにあたる、中島飛行機武蔵工場なら、
引き込み線があったのも頷けるが、(実際あったんだけどね)
果たして研究所に引き込み線が必要なのか?
という疑問がつきまとう。

その他の用途としては、採石工場とか堵場関係とか。
一番有力なのが採石工場だろうね。
ホッパがあったとか言う話もあるし、
元々是政線て多摩川の砂利採取目的だったわけだし。
# 今の競艇場周辺で採取してたらしいよ。親父談。

続きを読む "西武是政線引込線 (東京都小金井市) @ 4/29" »

2007年1月12日 (金)

週末のネタ

今週末は秋葉原に行ってDS Liteを仕入れてくる~とか、
沼津に魚を食べに行く~とか、
家でゆっくり寝てる~とか、
いろいろとプランがあるようですが…
また新たにネタを思いついてみた。

西武安比奈線 (せいぶあいなせん)

はい、廃線です(笑
いや、正式には休止線だけど。

前から存在はよく知ってたんだけど、中々行く機会がなく…
でもココってR16沿いだし、家からそれほど遠いわけでもない。
実は中々の優良物件だったわけだ。

最近だと、いろいろなサイトで写真も載ってるし、
西武で安比奈線見学会っぽいこともやってるので、
その筋では超有名だけど、それなら一度は行かなきゃって感じ。

今週末か…来週末か…
今回は良いレポになると思うよ~

2006年10月20日 (金)

深大寺道 調査途中経過 その1

もう随分昔に書いてから続編が無いので、
とっくに飽きたのかと思われてたかも知れないけど…
実はちょくちょく調査してたりしてました。
で、今回はその途中経過などを報告しようかなと。

導入については、以前のエントリを参照してもらうとして…

○成り立ちについて
深大寺道の詳しい記述のある書籍としては、
芳賀善次郎著の「武蔵古道ロマンの旅」がある。
これによると、深大寺道は室町から戦国期にかけて拓かれた軍道だという。

しかし、調布市教育委員会著の「調布の古道・坂道・水道・橋」によると、
深大寺道として紹介されている道は、「鎌倉街道」に分類される道だという。
つまり、鎌倉時代にはすでにあったものであるとされている。

ただ、ここで言う鎌倉街道は、いわゆる鎌倉上下中道のことではない。
# 詳細は、Wikipedia参照のこと。
むしろそれらにつながる間道であろうと考えられる。

とはいえ、
鎌倉街道は一種のステータスシンボルとして考えられていた時代もあり、
あくまでも「伝鎌倉街道」である事を忘れてはならない。

以上、成り立ちについては、今一歩調査が必要である。

続きを読む "深大寺道 調査途中経過 その1" »

2006年7月19日 (水)

行川アイランド @ 4/9

外房に行ったついでに寄ってみた.
この行川アイランド,2001年に閉鎖されたらしい.
往時はフラミンゴのショーなどで有名だったらしい.

最寄り駅はJR外房線の行川アイランド駅.
閉鎖されて久しいが,未だにこの名前で残っている.
駅の前がR128なので,通過する車はそこそこあるが,
付近を歩いている人は殆どいない.
民家もちょっと離れたところに数件あるだけ.
かなり寂しい風景だ.

06071901.jpg 06071902.jpg
(左)は駅からアイランドへ向かう通路.奥が駅になっている.
白い建物は臨時改札口かな?
アイランドへ向かう人はこの改札を通り,
歩道橋を渡ってアイランド入り口へ向かったのだろう.
(右)はアイランド入り口.左の赤い屋根が入り口ゲートのようだ.

続きを読む "行川アイランド @ 4/9" »

2006年5月23日 (火)

水根貨物線 (氷川駅付近) (東京都西多摩郡奥多摩町) @ 3/21

水根貨物線は東京の水瓶,小河内ダム建設のための資材運搬専用線だ.
区間は氷川駅(現 JR青梅線 奥多摩駅)から
水根操車場(現 小河内ダム 堤体付近)まで.
青梅街道を通ったことのある人だと,JR奥多摩駅から小河内ダムに至る間に,
何本もコンクリの橋脚があるのを見たことがあるはず.

小河内ダムの竣工が1957年だから,
かれこれ50年近くも使用されていないことになる.
それなのに何故未だに残っているかというと,
以前紹介した奥多摩湖ロープウェイと合わせて
観光地化する計画があったからだとか.

一昔前だったらダムでも十分と観光資源となり得た時代だけに,
そんな計画も考えられたのだろうけど,
今となってはもう復活することもないだろうね.

今回紹介するのは,JR奥多摩駅の奥にある奥多摩工業から,
日原川を渡って対岸に取り付く辺りの短い部分だけ.

続きを読む "水根貨物線 (氷川駅付近) (東京都西多摩郡奥多摩町) @ 3/21" »

2006年5月22日 (月)

隊長と山登りをしよう

近日公開ってなってたんで,気になってた人は…
まぁぶっちゃけいないとは思うけどw

今度隊長と山登りしてきます.
面白いでしょ?
興味のある人はぜひ声をかけてください!

行く場所:奥多摩町鳩ノ巣周辺
日時:6/3とか10とかその辺
所要時間:4時間くらい?

なんで隊長と行くかって…?
まぁ,こっそり聞いてくれれば教えましょう.
ヒント:カテゴリ

2006年2月13日 (月)

万世橋

近々神田の交通博物館が閉館するらしいね.
そんなわけで,旧万世橋駅遺構特別公開なんてのをやってるんだって.

万世橋と言えば,中央線と銀座線に駅があったにもかかわらず,
どちらも廃止された不遇(?)な駅.
その昔駅前に,広瀬武夫海軍中佐の像が建っていたのもインパクトが強いね.

今回公開される中央線の万世橋停車場はここ↓.

[map:35.697247,139.770105]

中央線に乗っていると,はっきりと分かります.
神田を出て,右にカーブしてるな~ってところで北側を見ると,
ホームのような跡がハッキリ見えるからね.

というわけで,誰か行きませんか?w
廃墟,史跡系好きには楽しめると思うんだけどなー
ただ,そのつもりで行くと肩すかしを食らうらしいけど…
秋葉で買い物したついでにとかって良いと思うよ.
入場料は心配しなくて良いんで.
…といっても,優待券があるからタダなんだけどねw

だれか行こうよ~

と言っても反応無いだろうナァ…

2005年12月 5日 (月)

奥多摩湖ロープウェイ 三頭山口駅 (東京都西多摩郡奥多摩町川野) @ 12/3

奥多摩湖にロープウェイ??と思われるかも知れないが,
実は40年以上前には存在していたのである.
結んでいたのは現在R411青梅街道川野トンネルの
西側坑門付近にある川野駅と,
その対岸の三頭山口駅間の数百mのみ.
川野駅は青梅街道沿いのドライブインの廃墟っぽいところから少し歩くので
調べていかないと難しいかも知れないが,
三頭山口駅は,ロープウェイのロープを辿っていけばすぐ見つかるかな.

川野駅↓

[map:35.774999,139.001995]

三頭山口駅↓

[map:35.772283,139.001427]

何で道路ですぐ行けるのにこんなもの作るんだ...と思うかも知れないが,
ロープウェイの竣工が1961年なのに対して,
R139松姫越えの深山橋竣工が1957年,
旧奥多摩有料道路の三頭橋竣工が1969年というわけで,
昔は道路じゃ行けなかったようだね.

でも対岸に行けたからどうなんだと言われれば,
特に何かがあるわけでもなく...
正直何のために作ったんだろう? と言う疑問を禁じ得ない.
「何かを輸送するためのもの」ではなく,
「乗って景観を楽しむもの」という位置づけだったのかも知れない.
そう考えると,あまりにもお粗末な計画としか言いようがない.
そんなわけで,ロープウェイは62年に開業したが,
わずか4年後の66年には廃止になったようだ.

そんな40年も昔の物件が残ってるのか??と思うが,
実は結構良い状態で残っているのだ.
今回は,三頭山口駅側を紹介したい.

05120501.jpg 05120502.jpg
三頭山口側鉄塔(左)と三頭山口駅(右)である.
廃止されて40年も経つのに,そこにあって当然という顔をしているようだ.

05120503.jpg 05120504.jpg
で,この駅,どこにあるかといえば…(左)
下の方に見えている2段の法面は都道206号奥多摩周遊道路のもの.
都道のすぐ上にこんな廃墟が存在してるのです.
微妙~
そして,鉄塔その2(右).
未だにワイヤが張られたままです.
良く切れないもんだね…

この物件,実は廃墟系のサイトでは中々に有名な物件で,
内部まで探索して写真をアップしているサイトがいっぱいあります.
流石にそこまでする気力はなかったので俺は探索してないけどね.

2005年9月28日 (水)

深大寺道 [導入編]

深大寺は天平5年(733)年に法相宗の寺院として開創したと伝える.
開創から100年後の貞観年間,天台宗に改宗する.
本尊は本堂に安置の阿弥陀三尊像.
関東では浅草の浅草寺に次ぐ古刹である.
所在地は東京都調布市深大寺元町5-15-1.

(Wikipedia深大寺より抜粋.一部改変)

近所にあり,うちの住所にも含まれるこの深大寺だが,
実は昔この地に城があったのは,恐らく住人でも殆ど知られてないだろう.
城と言っても,江戸城や大阪城など,
いわゆる天守閣があって,城下町を見下ろして…というものではなくて,
どちらかというと防御のしっかりした普通の家みたいな感じだろうか.

この深大寺城だが,諸説あるようでどれが正しいのか不明であるが,
北条氏綱に奪われた江戸城奪還を果たすため,
扇谷上杉朝興が子の朝定に命じて再興したものだと言われている.
ちなみに,天文六(1537)年上杉朝興の死をきっかけに北条氏綱が
上杉方の本拠河越城を落としたため,
深大寺城は殆ど役に供されなかったようである.

このように上杉氏が北条氏の北侵を防ぐために築城された深大寺城であるが,
人の往来があれば道が出来る…そんなわけで,
上杉氏の本拠地河越城と深大寺城を繋ぐ軍道として拓かれたのが,
この深大寺道である.
詳しくはここここに記事として載っている.

実はこの道,古道だと知ったのは最近のことだ.
近所に住んでいて昔からあり,クネクネ曲がっている変な道…
くらいな認識はあったが,
この道が室町時代からある古道だということは全然知らなかった.

何故知ったかと言えば,実はこの道,通勤によく通る道なのだ.
毎日毎日通っていると,道路の線形や周辺の史跡から,
少なくとも最近出来た道ではないなということが分かってくる.
まぁ線形に関しては廃線好きならば共感できる感覚だろう.
史跡とかは,古道探しによく使われる.
時代は違うが,東山道武蔵路の武蔵国分寺のような感じだ.
この深大寺道に当てはめて言えば,俺の場合,
玉川上水に架かる大橋と,道端の庚申塔という地名,八幡社辺りかな.
まぁ,玉川上水は江戸時代のものだし,八幡社は官道の人見街道(大宮街道)
に関連したものだと思うけど,交差点にはいろいろとものが造られるでしょ?
この線を一つに繋げていけば,自ずと道になるのである.

そんなわけで,今度暇を見つけて取材してこようと思います.
すっげー地味だけどね.

2005年8月23日 (火)

立川陸軍航空工廠引込線 (中神引込線) (東京都昭島市) @ 7/16

以前紹介した立川陸軍航空廠側線から西へ2駅,
中神駅から航空廠の北西に位置していた航空工廠までの引込線跡である.
まず位置と写真から.
現JR中神駅の東から分岐し北上,
途中で2つに別れながら,航空工廠へと引き込まれていく.
航空写真を見るとはっきり分かるかな?
中央にある区画が,当時の米軍立川基地.
写真下部を東南方向へ伸びている国鉄青梅線から分岐し,
立川基地に吸い込まれていくのが今回の航空工廠線である.

スタートは中神駅から.
05082301.jpg
ちょっと調べた限り,書いてあるところが見つからなかったので自信無いが,
この駐車場,引込線用の路盤だったのは容易に想像が付く.

ここから先,
青梅線の分岐からここまでの痕跡は区画整理をしたようで全くないが,
ここから先は,
05082302.jpg
こんな看板があってわかりやすいが…
05082303.jpg
痕跡とか全くなし.普通の市道といった感じだ.
普通の人には綺麗な道だろうが,
廃線をトレースしたい身としては,ただつまらないだけ.

05082304.jpg 05082305.jpg
途中から車道が制限されるようになる.
でもさぁ,西側に一車線くらいの空き地があるんだよね…
あんまり意味無くない?

続きを読む "立川陸軍航空工廠引込線 (中神引込線) (東京都昭島市) @ 7/16" »